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    旭屋

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    その他多くの趣味があるのできっと老後は困らないであろう40代です。
    しかしそれまでどう生き抜くかが問題なんですがね・・・。

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2017/01/30(Mon)

ジム・クゥエル HG

40を超えると老眼とまではいかなくても以前より目がしんどくなってきたりでプラモ作りもなかなかツラいものが出てくるのですがそれでもたまには作りたくなってくるものでして、今回は数年来温めていたあのモビルスーツに挑戦。

s_DSC_0002.jpg
魅惑のティターンズカラー!!HGUCジム・クゥエルであります。
ジム・カスタムを更に改良したティターンズ専用機。ガンダムNT-1~ジム・カスタムの流れを受けてガンダムMK-Ⅱに連なるデザインはやたらと格好良いんですが劇中で動いて戦ったシーンは無し。
新造配備されて寝っ転がってる1シーンのみ登場したマイナー機。時系列的に後のジムⅡやハイザックよりどう見ても強そうですがその辺はあまり突っ込まないように。

でこのHGUCのキットなんですが、ある意味悪名高いと言いますか・・・そのまま組むと脚が太すぎてアンバランス。
色々な事情があってこうなったようなんですが発売当時からこの点は大不評。出来の悪さで有名になってしまったのでした。
まぁこんなマイナー機体、発売されただけで感謝しろよってなもんですが私としてはそのままぶっとい脚のクゥエルを作るのもナァ~という事で多くの諸先輩方に倣い、良く似た形状のジム・カスタムの脚部他各部品を流用・改造していい感じのクゥエルを作ってみました。

s_DSC_0012.jpg  s_DSC_0015.jpg
腰から下はジム・カスタムから流用。形状が微妙に違うヒザ下の部分はエポキシパテ、スネの対人センサーの部分はプラ板とエポキシパテで改造しました。
背部バックパックも元キットのはバーニアが長すぎて変なのでジムカスタムから流用しました。
これでプロポーションが良いクゥエルになります。

s_DSC_0017.jpg  s_DSC_0007.jpg
設定では反地球連邦運動の暴徒鎮圧やジオン残党の武装勢力の掃討に活躍した事になっているのですが確かにこの威圧感!
異色の強そうで怖そうなジムです。

s_DSC_0018.jpg  s_DSC_0019.jpg
ビームサーベルで接近戦もバッチリでっせ~!
これも設定上ですが一年戦争時のジオン公国軍モビルスーツを軽く凌駕する性能なのでザクやドムは言うに及ばずゲルググあたりでもひと捻りだったはず。動いてる姿を見てみたかったです。

s_DSC_0021.jpg

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付属武器はジムライフル・ビームサーベル・シールドです。
ガンダムオンラインでお馴染みのバズーカやジムⅡと共通のビームライフルは付いていません。
ほぼ初めての二個一改造でしたがなかなか満足いく出来映えになりました。

<カラーチャート>
頭部・四肢               ブルー39(ガンダムカラー)
胴体                   ブルー22(ガンダムカラー)
関節・武器               グレー24(ガンダムカラー)
胸部ダクト                MSイエロー(ガンダムカラー)
コクピットハッチ他           レッド1(ガンダムカラー)
カメラ・センサー            メタリックグリーン(Mr.カラー)
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2016/12/04(Sun)

KATO 117系

久方ぶりの更新となりましたがもうはや冬。
クリスマスに年末年始とせわしない季節ではありますが頑張って乗り切りたいものです。

で今回も義父のコレクションから借用してきたネタ。
CIMG0167_convert_20161023231327.jpg
今や懐かしのシティライナーこと117系。KATOの製品です。
ブルーライナー153系の後を受けて新快速専用車として颯爽と登場した117系は独特のデザインと破格の車内設備が鮮烈な印象でした。
私鉄王国と呼ばれていた関西にあって国鉄の反撃の意気込みを示すような意欲作。
お堅い国鉄にあってこの車両を実現させるまでには当時の大鉄局は相当頑張ったんだと思いますね。
僕がご幼少の頃は新快速と言えばこの117系の6連でした。

CIMG0172_convert_20161023231819.jpg
登場時は時の人ならぬ時の車両だった訳で早速KATOが製品化しました。
恐らく義父もその時期に購入したものと思われますが何故か先頭が連結可能な状態になっていました。
なのでこの画像のようにカーブではスカートが一緒に首を振っております。
もう6連を購入して朝夕の12連快速を実現させようとでもしていたんでしょうか?
試運転時はモーター車はギシギシ・・・先頭車のライトも点灯せずでしたがLOCOを射して走らせるうちに調子が戻ってきました。
かれこれ35年程前の代物が普通に動くって凄い事です。

CIMG0171_convert_20161023231524.jpg
さすがに今の最新製品と比べると見劣りするのですがそれでも違和感はありません。同時期の他社製品はさすがに今見るとキツものがあるのでこれも凄い事だと思います。
玉にキズなのは先頭の種別幕部分が光らない事ですが当時は普通の仕様でした。

CIMG0173_convert_20161023231556.jpg
私とした事が3両目のモハのパンタ位置が反対でした。。。
やっぱり格好良いですねぇ。新快速のヘッドマークがまた似合う事!
117系に限りませんが原色が一番美しい!

実車が新快速運用から撤退して久しく、マイナーになってしまった感があるので製品の方も再生産やリニューアルの機会に恵まれませんが古き良き時代を感じさせる好製品です。

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2016/09/19(Mon)

ポポンデッタ EXPO CITYのレンタルレイアウト

昨日嫁さんとEXPOCITYに行ってきました。
ワタクシのお目当てはポポンデッタのレンタルレイアウト。車両数点をトートバッグに詰め込んで彼の地に向かいました。
嫁さんの失笑を浴びながら・・・(笑)

連休という事もあり家族連れが多く、レンタルレイアウトの周囲にも小さな子供を連れた家族の方がたくさんいらっしゃいました。
膨らんだトートバッグを抱えて店の中に入り、店員氏におもむろに声をかけます。
私    「レンタルレイアウトを使いたいんですが・・・」
店員氏 「車両はお持ちですか?」
私    「あぁはい(それはもう持ってますがな)」
てな感じで1時間分の¥600を支払って中へ。当初は他には誰もおらず貸切状態でした。

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持ちこんだのはもちろんコレ。KATOの165系 急行「伊那」でございます。


やっぱり走らせると良いですね。4連でも国鉄急行電車の品格が感じられますよ。
ちょっとスピードを出しすぎたみたいですが。

s_CIMG0125.jpg
クモハ53も参戦して新旧急行電車の並び。
165系も旧国と並ぶとすごく立派に見えます。
おそらくギャラリー受けは悪いでしょうが(笑)

とこんな感じで一人マッタリ楽しんでいたのですが途中から小さいお子を連れた家族連れがレンタル車両でお楽しみ・・・なのは良いんですがこれがまたスケールスピードなんて意識するはずもなくまぁブッ飛ばす事といったら。。。
パンタグラフの無い3連のビスタカーにウロチョロされると正直写真や動画を撮るのも萎えてしまいました。
まぁ不特定多数の人が来る以上しようがないですが・・・マッタリ行きたきゃ休みの日に行けよって事ですねぇ。

とは言え1時間¥600で十分に楽しめました。

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2016/07/31(Sun)

KATO 201系試作車 スカイブルー

前回に引き続き義父のコレクションをアップします。

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こうして見ると違和感なく昭和の東海道山陽緩行に見えますがこのスカイブルーの201系が曲者。今や幻の(?)試作車でございます。

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義父の部屋でこのブックケースを見た瞬間にもうビビッときました。
懐かしのトレインシールと「NTRAIN」のロゴ。この頃はブックケース入りの6両セットなんてそれはもう高嶺の花でした。

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編成は試作車ならではのクモハ200-モハ201-モハ200-モハ201-モハ200-クハ201の6連。
試作車になかったサハ201の代わりにモハ200を入れて強引に組成した6連ですがこの当時のKATOの6両セットは新103系でわざわざサハが入っていたり、165系もクモハ-モハ164(M)-サロ-サハシ-モハ164(T)-クハになっていたりで結構適当な組み合わせになっていました。

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それまで長い間103系ばっかりだった国鉄通勤型のモデルチェンジ車とした登場した201系試作車は鮮烈な印象でした。
実車はオレンジバーミリオンで中央線向けに投入されたのはご承知の通りですが、この時点ではいずれカナリアの総武線向け、ウグイスの山手線向け、スカイブルーの京浜東北線・東海道山陽緩行線向け、エメラルドグリーンの常磐快速線向けにも増備の上投入されるであろう・・・との予測のもと5色の試作車が発売されたのでした。
国鉄の事だから何とかの一つ覚えのように大量に量産されるはず・・・というのは当時は妥当な予測だったのですが実際量産化に際して多少各部の形状が変わり、かつ山手、京浜東北、常磐快速の各線には投入されず終いでいわゆるお手付き製品になってしまい、これはこれで妙な希少価値がついてしまったのでした。
もっともこの試作車の後にカナリアに塗り替えられ総武線、更に晩年にはスカイブルー化され京葉線に投入され、模型に実物が追い付く妙な現象となったのでした。

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前面のアップ。1980年代初頭の製品ですがKATOらしく破綻なくまとまっています。窓上左側の運行番号表示部がグレーなのと窓下手すりの形状が試作車の特徴でした。

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乗務員室扉直後に戸袋窓が有るのと戸袋窓自体も天地方向に長いのが試作車の特徴でした。

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2丁パンタのモハ201も試作車ならではのもの。すごく斬新な印象だったのですが量産車ではオーソドックスな1丁パンタになりました。

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クモハ200も試作車だけに存在した形式。試作車では色々と冒険した201系も量産化に際してはオーソドックスな仕様に落ち着いていったのでした。とはいえ当時の国鉄としては十分な意欲作でしたが。

試作車を5色製品化するというお手付きを演じてしまったKATOはすぐさま量産車も製品化予定としてアナウンスしましたが実現したのは近年になってから。忘れた頃の登場でした。
この試作車も1980年代半ばには生産中止になってしまったので201系は実車の全盛期に完成製品がない状態だった訳です。

思わぬ形で幻の存在になったこの201系試作車。Nゲージの歴史に輝く逸品でした。

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2016/07/24(Sun)

KATO 115系2000番台 身延色 

今更言うのも何ですが僕は生まれつき「鉄道マニア」という重度の病に侵されておりまして、こんなブログなんぞもやらせてもらっている訳なんですが、家内の父・・・つまり私の義理の父親もかなり重度の鉄道マニアにしてNゲージマニアなのです。人の縁は奇なりとでも言いましょうか。
部屋には今では手に入らないようなお宝が積んでありましてこのブログにアップするために何点か借用してきました。
今回は義父コレクションの第一弾としてこのお宝をアップします。

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あぁ懐かしや。前回も少し登場したワインレッドのKATOの115系2000番台身延色。僕がNゲージを始めて間もなかった1984年の製品です。
民営化後すぐに湘南色に塗り替えられてしまったので短命に終わったのですがそれまで湘南色とスカ色しかなかった115系ではこのワインレッドの身延色はかなりのインパクトがありました。
当時はモーター有りの基本と無しの増結の各3両セットで販売でした。実際の身延線では3+3の6連で運転される事は無かったと思いますがその辺りは大らかな時代でしたのであまり問題にならなかったんだと思います。
あと1番下にはこれまたお宝が鎮座してますね。

s_DSC_1390.jpg
KATOの115系は2000番台と1000番台が1984年に製品化されました。この時は113系2000番台・1500番台や415系100番台も同時に発売され、華やかにKATOニュースの表紙を飾っていた事を覚えています。
TOMIXもほぼ同じ時期に113系2000番台・1500番台、115系2000番台、415系100番台を発売しましたので2大巨頭ががっぷり四つの競合となりました。
この写真では分かりにくいですが投入当初の実車と同じく4連にしてあります。

s_DSC_1392.jpg
先頭部は当時のKATOらしく手堅くまとめた東海顔。シールドビームは少し大きめで中目玉と揶揄されたものです。
シャッター付のタイフォンはシャッターが凹状に再現されていますが当時としては十分及第点でした。
信号炎管は後に急行形の製品にも付くようになりました。

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アーノルトカプラーの広い連結間隔や屋根板一体モールドの屋上機器も当時の標準的なKATO仕様。
Hゴムも窓サッシと同じ銀メッキです。うっかり「西富士宮」とかのシールを張ってしまいそうな方向幕ですが実車は準備工事でガラス部分は車体と同色の鋼板になっていました。後にリメイクされた際にはこの部分も再現されています。

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それまえと変わって地方線区の身延線にも新車を奮発した国鉄でしたが冷房は準備工事まででおあずけ。その部分も再現されています。湘南色は冷房付のタイプを製品化していました。

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115系と一緒に入っていたのがこのお宝。身延色のクモニ143です。確か1回限りの生産じゃなかったかと思いますが湘南色以外にスカ色、この身延色とスカイブルーに白帯の飯田色も製品化されました。実車はクモユニ143でしたがそこは大らかな時代だったこともあり、雰囲気重視でOKといった感じでした。

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3回連続の登場となったKATOの新165系との並び。急行「富士川」か「みのぶ」との交換風景・・・というのはあまりに殺風景ですが。余談ですが「みのぶ」は季節列車だった事もあり急行なのに途中駅で後から来た普通に抜かされるという散々な扱いだったのを昔のレイルマガジン誌の乗車ルポで見たのを覚えています。

僕がNゲージ界に足を踏み入れた頃は小学生でしたので当然ながら親に買ってもらうしかなかった訳で、欲しいものの大半はただただ羨望の眼差しで見るしかなかったのでした。
義父のコレクションにはその頃の憧れの対象だった製品がたくさん有り、思わず感動してしまうのです。
今後も機会があればアップしていきたいと思います。

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